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よし、小田原にいく。

「共同生活型支援施設(3)」CLCA若者自立塾(神奈川県)

若者自立塾を訪問していて発見したことがある。
価値観や人間性、さらに言えば、生活習慣などは言葉で教えることは難しくて、伝わっていくものなのだ。
人が育つ環境をどのように整えることができるのか。今、大人たちがそれを問われている。
また、若者には、足を運び、自分の目で見て肌で感じてつかむことが必要とされている。

僕がニートになったら、いやならなくてもできることならここで人生修行をしたいと思ったCLCA若者自立塾。そこでは、毎時、人は人々によって生かされているんだなあと実感することができる。

もっと具体的にいうとそこでは、「相手にとって何をやったらいいのか、これをやっていれば何をやってもいいんだ」ということを自覚することができる。誰かから強制的に教えられるのではなく、「自覚できる」というところがポイントだ。

私が滞在した2日間で、「あれしろよ。」「これしろよ。」とスタッフが塾生に指示・命令する声は一度も聞かなかった。そこで暮らすすべての人が自覚して動く。だから動きに無理がない。

「自覚」
象徴的な出来事は滞在2日目に起こった。
朝6時15分起床後、約1時間施設の清掃をする。

風呂場にある洗濯機で洗濯をしようと洗濯物を持っていくと先客(泊りがけで遊びにきていた自立塾OB)があわてて洗濯物を引き上げた。お客である私にひとつしかない洗濯機を優先して使ってくださいという配慮だ。

OB「どうぞ使ってください」

よし「いや、悪いよ、どうぞ。」

OB「いえ、どうぞ。使ってください。私はまだ時間がありますので。」

よし「じゃあ、もしいやじゃなければ一緒に洗う?」

OB「・・・」、
「ほんとにいいんですか。私としてはうれしいのですが。ありがとうございます。」

よし「いいよ。スタッフには一緒に洗ったこと黙っておくから。ところで、何を洗うの?」

OB「シーツです。今から家に帰るので、借りたシーツを洗おうと思って。」

よし「・・・」

借りたシーツを洗って返す。
僕は、10年間いろんなところに居候したり泊めてもらったりしてきたが、シーツをきちんと折りたたんで返したことはあっても、自分で洗濯して返したことは一度もない。正直そんなこと思いもつかなかった。
借りた物を洗って返す、人として当たり前のことだ。
この弱冠20歳前の青年が当たり前のことを当たり前のように自覚して行動している姿を見てこのCLCA若者自立塾で育つ若者に関心がどんどん湧いてきた。

よし「この自立塾入ってよかった?」

OB「はい。大事なことをいっぱい教わりましたから。」

よし「例えばどんなこと?」

OB「う~ん、例えばー、食事しているときに人の前に手を出さないとか、人にお尻を向けないとかまあいろいろです。」

よし「それは、その都度教えてくれるの?」

OB「そうです。最初のころはうざかったけど、だんだんといわれることも少なくなってきてできるようになっていきました。」

よし「そういえばそうだよね。ここでのみんなの様子を見ていると、例えば食事の盛り付けのときも皿のふちについたしょうゆをそっと布巾で拭いて綺麗にしてからだしたり、一本一本お箸を拭いてから配膳したり、皿の配置も同じにしたり、食事のときもお客さんから先にお茶を出したり。そういえば、この自立塾の生徒はよく挨拶をするし、人の話をきちんと顔を上げて聞くよね。そういった日々の暮らしの中にある細かいことを積み重ねてきちんとできるようになることが大事な気がするよ。」

「己を捨てる」「世話になる」

このOBとのやり取りを、CLCA若者自立塾塾長福守弘文さんに聞いてもらった。

塾長「う~ん、すごい。」

よし「なにが?」

塾長「よしさんは、彼をかばうために『洗濯物を一緒に洗ったことをスタッフに黙っておくから』、と言ったんでしょ。」

よし「はい。」

塾長「でもそれは違うんですよ。彼は、よしさんのために己を捨てたんですよ。よしさんの世話になるために己を預けたんです。会長の和田もよく言うんです。人は生きてるだけでみんなに迷惑をかけているんだから『世話になりなさい。そして世話になったことを別の人に返しなさい』って。でも、それはなかなかできることではないんですよ。」

若者のことをちゃんと理解する大人がそばにいればちゃんとした若者が育つ。

「ゆるむ」
CLCA会長の和田重宏さんに話を聞いた。

よし「ここで暮らす人は自分で動いていますね。しかもその動きに気負いや無理がなく自然です。なぜ彼らは自分で動くことができるんですか。」

会長「いろいろあるけど、ここではゆるむことをまず教えるんです。それが根本。」

よし「ゆるむって?」

会長「休むことです。集中を保つために、『集中、集中』って言ったってできっこない。まず休むことを教えるんです。自分自身で休むことができるようになると自然と集中できるようになる。あとは、させない教育。例えば、ここではかまどで薪をたいて米を炊くけど火をおこせないやつにはさせない。あと大事なのは情報の共有。」

よし「なるほど。時間で休憩を管理するのではなくて、自分自身で休憩することを保障することによってサボる人はいなくなりますね。自分自身も変に周りに気兼ねすることもなく次の集中に備えることができる。あと、させてもらえないとなると、自分がやりたいと思ったら自分から学ばざるをえなくなりますね。人から無理やり教えられたものは忘れることがあっても、自ら学んだことは忘れない。また、塾生もスタッフも一緒にみんなで情報の共有が行われていればその情報をもと一人ひとりが自分で動けるようになる。」

「読者の皆様へ」

よし「『人と一緒になって暮らすために必要なもの』がわかる。これは共同生活を基本とするすべての若者自立塾で共通して学べるよいところだと思うのですが、このCLCA若者自立塾ではそれが顕著なのが特徴だと思います。」

会長「うちの教育は雑木林教育です。共生も競争もある雑木林では相互にかかわりあって自然と調和が保たれている。口で言ってもなかなかわからないと思うのでぜひ一度見にきてください。」

お問い合わせはCLCA事務局まで。http://www.clca.or.jp/wakamonojiritujyuku/index.htm


「おまけ・CLCAのある一日」

(1)起きる→(2)輪読→(3)ほうきではく→雑巾でふく→食事の用意をする(かまどで米を炊く、野菜を切る、お茶の用意をする)・食事用の机を出す→人数分の箸、箸置き、皿を拭いて出す→太鼓をならす→席につく→連絡事項を言って「いただきます」をみんなでいう→おいしいご飯をいただく(量、素材にも気を使う。おかわりもつくる。)→最後にあったかいお茶を出す→「ごちそうさま」をみんなでいう→みんなで片付ける→食器を拭く・元の位置に戻す→食事用の机を拭く→机を片付ける→ほうきではく→雑巾でふく→かまどの掃除をする→洗濯物を持っていく→(4)作業に出る→作業から帰る→(3)を繰り返す→作業→(3)を繰り返す→(5)かまどで風呂を炊く→順番に風呂に入る→(6)就寝→(1)へ。

*和田会長曰く「台所は人との関係を学ぶのに適したところですから教育の8割は台所ですむ」そうです。確かに台所仕事はどこの家庭にもあります。それがきっちりとできるとなぜか自分に自信が生まれます。家族の人ともうまくいく。CLCA若者自立塾で2日間過ごして、私も自信を得て帰りました。台所仕事を進んでするようになったせいか家庭もぎくしゃくしていません。この平和がどこまでも広がっていけばいいのですが。

Special Thanks : 和田重宏さん、福守弘文さん、合田啓一郎さん、戸田さん、古川さん、他CLCAの皆様

インタビュー  :よし
インタビュー日時:7月11日、12日

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