「共同生活型施設(1)」
先月、名古屋の引きこもりの若者の
社会復帰を支援する共同生活型施設で
信じられないニュースがありました。
「手錠」、「鎖」、「監禁致死」。
まず亡くなられた男性のご冥福をお祈りいたします。
そして、ご遺族の方に深くお悔やみ申し上げます。
親御さんが意を決して、共同生活型施設に預ける時、
まさか自分の子どもが手錠につながれて運ばれ、
鎖につながれるとは誰も思わないと思います。
なぜそこに手錠や鎖があるのかということにも
理解に苦しみます。
「信頼関係」というつながりを築くことこそが
この仕事のポイントであるはずなのに。
そんな嫌なニュースが流れる中、
「信頼関係」というつながりを築いて
若者の自立を支援する共同生活型施設を
1999年8月からされておられる自然流自立塾
NOLA(のら)の佐藤久仁子さんにお話を伺ってきました。
私の知っている共同生活型の施設は、
夫婦で運営されている場合が多く、
奥さんは決して欠かすことができない役割を担う支援者なのですが、
大概は、裏方に徹しておられる場合が多くてお話を伺う機会がない
のが実情です。そういった意味では、貴重なお話を聞いてきました。
Q 「なぜ若者の自立を支援する共同生活を始めたのですか?」
A 「透(42・NOLA代表・夫)がNOLAを立ち上げるといったときは、
絶対反対!、離婚の危機でした。自分の子どもも生まれたばかりで、
育てなくてはいけないのに、他の子を育てるなんて考えもつきませんでした。
自立不全の若者を育てることにも興味がなかったし。」
Q 「それなのになぜ?」
A 「初めて親を対象とした相談会を開催した時、
集まった親御さんの様子をみて、感じるものがあって
『別にしてもいいかな』と思ったんです。
ただし自分の子どもの面倒を見られんようになったら
降りるからという条件付で。」
Q 「いざ始めてみていかがですか?」
A 「NOLAを立ち上げた年に寮生が意識不明になったことがありました。
ベットから起きてこずに、ずーっといびきをかいて寝てるんです。
病院に連れて行っても起きないし、理由もわからない。
ただ意識不明が続いている状態を見て、透は強く責任を感じ、
『NOLAは終わった』と思ったそうです。
その時私は、『絶対大丈夫やから』と、つぶやいていました。
(意識不明だった彼は、24時間後に普通に起床したそうです。)」
Q 「透さんは、『最後の最後は嫁のほうが強い』とおっしゃっていますよね。」
A 「透が、心臓発作で倒れた時も同じでした。
『絶対大丈夫』と、彼が帰ってくるまでに、
子どもと寮生の動揺を和らげどのように運営していくかを
冷静に考えてました。」
Q 「佐藤家、スタッフ、寮生を合わせると14人と大家族ですが、
普段はどのように過ごしているんですか?」
A 「朝6時に起きてまず自分の子どもの学校の用意をします。
寮生の食事作り等に関しては、献立、買い物の段取りをつけておくと、
スタッフの菊ちゃん(NOLAスタッフ)がやってくれるので随分助かっています。
あと、大きな仕事というと学校関係の用事かな。
寮生が行っている、学校に手続きに行ったり、懇談会、参観日に出席したり。
何やかんやで寝るのはいつも0時を過ぎてからです。」
最後に、やってて面白いことってありますか?と質問した時に、
私も含めたみんなで「う~ん」と考え込んでしまったのが印象的でした。
NOLAでの共同生活の賃金を自給で換算したら、200円くらいだそうです。
お金儲けにもならへんし、お風呂で朝まで寝てしまうほど疲れることもあるし、
結果が出るまで時間もかかるし。
Q 「なんで若者の自立を支援する仕事を続けられるんやろうねえ?」
A(透)「やっぱり人とのつながりの中の、義理と人情、あとは負けず嫌い、やからかなあ。」
A(菊ちゃん)「私も。」
A(久仁子)「私はわかれへんわ。」
「わかれへんわ」ときっぱりという久仁子さんにとっては、
支援が既に生活の一部となっていて、
自然体で彼らと関わっているのだと感じました。
寮生にとっても大きな支えになっている。久仁子さんかっこいい。
当たり前ですが、NOLAには「手錠」も「鎖」もありませんでした。
ただ、若者を支える泥臭い大人がいるだけ。
自然流自立塾NOLAでは、寮生の募集&スタッフの募集もしています。
詳しくはこちらのWEBで。http://www.nola1.com
Special Thanks 佐藤久仁子さん 佐藤透さん 菊澤史代さん 他NOLAの皆さん
インタビューアー よし
インタビュー日時 2006年5月6日 深夜












