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希望と「生きる」

 今朝、電車に乗りながら、希望と生きるの関係について
 こんなことを思いました。
  
 (1)生きるのに精一杯で希望なんて考える余裕もない(なかった)
 (2)希望があったから生きていける(生きてこれた)
 (3)あえて希望を持たないことでなんとか(より良く)生きていける(きた)

 この3つ、何がどう違うのか。
 希望の中身が違うのか?
 考えるその人の違いなのか?
 それとも
 置かれた環境の違いなのか?
 
 11月28日の紀伊国屋ホールでの講演、ご質問
 募集中です。
 http://www.kinokuniya.co.jp/01f/event/shinjukuseminar.htm#seminar_25
 当日、お答えできなかった内容については、このラヂオで
 お答えしようと思っていますので、ふるってご応募ください。
 では当日お目にかかるのを楽しみにしています。

2011年10月

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