「どこかネジれていて、パラドキシカル」
-希望って何だろう? 玄田有史さんの希望論
(ビッグイシュー日本版 34号)
1軒の銭湯が姿を消すことになった。
80年続いた家族経営の××湯を父が
たたむと宣言したからだった。
1つはお客の減少、もう1つは父の
体力的な問題だった。80歳の声を聞こうと
する父にとって、風呂掃除・番頭・店仕舞後の
売上管理は、厳しいものだった。
最後のお客を送り出した後、丹念に掃除を
し、暖簾を下ろす。
「これで終わりだな。」父がポツリとつぶやいた。
50近くなった自分も××湯をずっと手伝って
きた。子どもの頃から、将来は銭湯をやると思って
いた。涙がこぼれそうになったが、感傷にひたって
いる暇はない。職探しをしなければならないからだ。
なにより、年齢の壁が大きくたちはだかる。その
うえ、雇われて働いた経験もないので、電話をかけても、
「ウチはもっと若い人に来てもらいたいんだよねぇ。
それに、アナタ、会社は組織で動いてるんだよ。
そのなかでやれるの?」
なんて、露骨に断られる。ああ、もうダメか。
××湯の立派な建物が残っている。
これをなにかに使えないだろうか?
イス、牛乳やアイスを入れていた箱・・・。
△△商店街も高齢化が進み、1人暮らしで
さみしい思いをしているお年寄りも多いと聞く。
△△商店街の会長は、経理マンで会社の
役員まで勤めた人だった。さっそく彼をたずね、
「××湯の建物を使って、語らいの場を作りたい
んです。経理をみてもらえませんか?」
「う~ん、勝算は1割ぐらいだが、おもしろそうだね。
協力しよう。」まさに救いの神だった。
最初の1年は、顔なじみしか来ない赤字状態。
だけど、昔懐かしいお菓子を扱ったり、体が不自由な
お年寄りの御用聞きをしているうちに、評判も上々。
今ではお客も増え、黒字決算となった。
××湯は、会長という大事な片腕をもって、
地域の顔に生まれ変わった。人って本当にあったかい。
井上 智晴












