本田 由紀氏は、高校生のあいだに対人能力の格差が明らかに増大しているという
(「中央公論」4月号 『対人能力格差』がニートを生むより)。
対人能力・コミュニケーション能力っていっても、高校生のあいだは仲良くしてい
る友達・恋人と話すのが楽しいのだ。説教をするおじさんや大学へ行けるよう
に勉強しろしろばっかりいう先生とは、あんまり話したくないのがホンネ。
ところが、いざ就職をしようとなると、そうもいかなくなる。リクルートスーツに
身を包み、はじめて会った採用担当者の前で、自己PRだの
グループ面接だの、こなさなくてはいけない。
そこでは、「コミュニケーション能力」が求められるそうだ。
玄田有史は、対人能力(コミュニケーション能力)はしっかり「聴こうとする能
力」に近いといった。
対人関係を作るのはしゃべることでしょうが。なんで聴くことなんだろう。
自己PRでも講義でも、水が流れるようにペラペラしゃべる人がいる。それだけい
ろいろと話をしても、残念ながら人ってそんなに覚えていられるものじゃない。
興味のあることなら覚えるけど、そうじゃないことはふーんと頭の中を通りすぎて
いく。これはごく自然なこと。
先生がいくら「これは大学入試に出るから覚えなさい」といったって、好きな女の子
のことや好きなアーティストのほうがよっぽどおもしろいもんなあ。
聴くことが大事なのは、最低限その話し手に対しての礼儀(=失礼にならない)と
いうことだろう。
高校生でも、校長先生のお話・進路ガイダンスなど大人の話を聞く機会はたくさん
ある。
あぁ、また勉強しなさいだろうと思うかもしれない。でも、できるだけ聴こうとし
たほうがいいのは、将来チャンスがまわってくる可能性が高くなるからだ。仕事の話
なんか、どちらかというと、つらいこと・悲しいことが多いし。
人の話を聴こうとしていれば、「おぉ、あいつは、よく人の話を聴いてるね。」と
なる。だけど、つまらない話だからと聴こうともしなければ、「あいつは人の話も聞
かないヤツだ。」と噂になる。
人の噂も七十五日とはいうものの、人は1度印象づけられたイメージをなかなか変
えられないのだ。困ったことに。
そうはいっても、人間には相性がある。日本国中の1億3,000万人に好かれな
くても、いっこうにかまわない。人は誰かに好かれているいっぽうで、別の誰かに嫌
われているからだ。
いまつまらないと思う話でも、後になったら拾い物の話もあるかもしれない。いま
あわないと思うあの人も、将来は大事な友達になるかもしれない。自分のことだって
わからないのに、人のことなんて簡単にわかるわけない。それなのに、あいつは○○
なヤツだとか、あいつの話はつまらないから役に立たないなんてきめつけるのは、あ
まりにもったいない。
まずは「聴くこと」から。迷路を進む道しるべはここにある。
井上 智晴













コメント (2)
こんばんは。右近と申します。
私のblog「右近の日々是好日。」から玄田先生のページにリンクさせていただきました。玄田先生のページが、発展させることを願っています。
投稿者: 右近 | 2005年06月29日 20:54
日時: 2005年06月29日 20:54
神谷右近さん、こんなところで再会するとは、夢にも思わなかった。貴殿がホームとする『社会の鑑』以来ですね。今回も前回指摘したように文法的な誤りがあります。「発展させることを願っています」とはさて何のことでしょう。誰が発展させるのでしょう。そもそもブログって発展するものでしょうか。もうトンチンカンはコメント記入をあちこちに書き込むのは、おやめなさい。それでなくても『社会の鑑』開設者は貴殿の無神経な投稿に四苦八苦してきたことは間違いありません。他人の立場たってみましょう。
投稿者: imaichi | 2007年08月23日 13:04
日時: 2007年08月23日 13:04